10-4.遺言の書き方
遺言は、遺言の種類別に、民法で書き方が定められています。せっかく書いた遺言も、書式に不備があるために、無効になることがあります。
ここでは、自筆証書遺言の書き方について説明しますが、特に、「遺言内容の確実な実現に配慮する」ことについては、公正証書遺言と共通内容です。公証人任せでは達成できないことがありますので、ご参考にされてください。
1.自筆証書遺言の方式~遺言全体の有効性
1)全文を自書すること
① パソコンで案を作成する人が多くいます。
→必ず、案を元に、自書にて遺言を仕上げましょう。
★平成30年3月に通常国会に提出された民法改正案(相続関係)
自筆証書遺言にて、財産目録部分については自書しなくてもよいとされるようです。
2)日付を書くこと
① 複数の遺言がある場合、日付の前後関係が重要です。
② 後に書いた遺言が、前に書いた遺言に優先します。
③ 前後の遺言で矛盾しない内容については、前の遺言も引き続き有効です。
④ よって、日付の特定性に欠ける記載はよくありません。
3)氏名を書くこと
① 一人ずつ作成しましょう。連名での遺言は無効です。
4)押印すること
① 必ずしも実印でなくてもよいです。
② しかし、遺言者本人による遺言であることの証拠づくりとしては、実印がベターと言えます。
5)加除訂正の仕方
① 間違っても全部書き直す必要はありません。
② 加除訂正方法も民法で決まっています(かなり複雑です)。加除訂正の例示書面のご用意があります。当事務所までご相談ください。
2.自筆証書遺言の内容の有効性
1「自筆証書遺言の方式」の条件を満たすと、遺言全体としては有効となります。
しかし、遺言全体として有効でも、内容が無効となる場合があります。どういうことでしょうか?
1)遺産が特定できているか
不動産であれば法務局、預貯金であれば金融機関など、各手続機関の担当者が、遺言の対象となっている財産を特定できるように配慮する必要があります。
下記アのような曖昧な表現だと、各手続機関の相続手続きが滞る可能性があります。そんなとき、最後の手段としては、裁判所を使って手続きを完結することになりますが、それでは迂遠です。
ア)曖昧な記載の例
① 緑町の土地を長男に相続させる。
→遺言者所有の土地は、緑町に複数の地番があると、特定が難しいです。
「緑町」だけで「○○市」の記載がなければ、それだけで特定できないとされる可能性もあります。
② 引出しの中にある通帳は、妻に相続させる。
→金融機関にとっては、引出しの中にどの通帳があったのか不明です。
厳密には、「通帳」では預金債権の特定にはなりません。
イ)望ましい記載
① 土地の場合 登記事項証明書の記載に沿って
所在 昭島市田中町一丁目
地番 ○○番○
地目 宅地
地積 100.01㎡
② 預貯金の場合
○○信用金庫 ○○支店 ○○預金 口座番号○○○○
2)遺言でできないこと~その1
特定の相続人に対し遺留分を行使しないように指示できるのか?
ア)結論;できない
遺言によって、各相続人に承継させる財産に偏りが出ることがあります。すると、ある相続人の相続分が極端に少なく、遺留分を侵害することもあります。そんなときでも、遺留分減殺請求をしないように指示ですることはできません。
※遺留分とは;
相続人に認められている、財産を相続できる最低限の権利。法定相続分の2分の1。配偶者、子ども、尊属に認められている。
イ)代替手段
代替手段としては、推定相続人の廃除(民法893条)が考えられます。著しく親不孝な子などから、相続人の地位を剥奪してしまう方法です。家庭裁判所の手続きが必要です。なお、廃除が認められるケースは狭いです。
3)遺言でできないこと~その2
特定の相続人の寄与分を指定することはできるのか?
ア)結論;できない
相続人の中に、特に面倒かけた者がいるとしても、その者の寄与分を遺言で指定することはできません。
※寄与分とは;
生前、被相続人の財産の増加に寄与した相続人の相続分を修正する要素。
イ)代替手段
① 法定相続分の修正(民法902条)
特定の相続人の貢献に報いるのであれば、遺言で法定相続分を修正すればよいです。寄与分という遺産分割の際の検討事項の表現を使うとその効果が出なくなってしまいますが、このように直接法定相続分を修正することで解決できます。
② 特別受益の持戻しの免除(民法903条3項)
特定の相続人に対し、贈与、遺贈など、実際の財産の分配をしたうえで、遺産分割協議の際にその分配した分を控除しなくてよいとする、持戻し免除の文言を入れます。ただし、遺留分を侵害することはできません。
4)遺言でできないこと~その3
特定の遺産につき、「後継ぎ遺贈」はできるのか?
ア)結論;できない
後継ぎ遺贈とは、ある財産をAに遺贈し、Aの死後はBが取得する旨を定めることです。遺言でできるのは、最初のAへの遺贈までです。Aに財産が移った後の承継には関与することはできません。
イ)代替手段
民事信託・家族信託を処方することで、後継ぎ遺贈と同様の効果が出せます。財産的価値が集約されている受益権を、まずはAに与え、Aの死後はBに与えることで、達成します。
>>上手な民事信託(家族信託)の利用方法 について詳しくはこちら
ここで取り上げたものは一例ですが、このように、代替方法をきちんと選択できれば、法的拘束力を持たせ、遺言者の真意の実現をはかることができる可能性があります。
当事務所にご相談のうえ、記載方法を検討することをお奨めします。
3.遺言内容の確実な実現に配慮する
遺言全体として有効、遺言内容としても有効。これで十分と思いますか?
ここでは、遺言の完成度が飛躍的に増す配慮の仕方についてお話します。公正証書遺言でも共通の話題となります。
1)事務手続きの伝達
最低限、下記の事項を家族に伝達しましょう。
① 遺言があること
② 隠蔽や改ざんのおそれがなければ、遺言の在処
③ 自筆証書遺言であれば家庭裁判所での検認が必要である旨
④ 遺言作成を専門職に手伝ってもらったときはその連絡先
特に④が重要です。遺言作成時の遺言者本人の意思をつぶさに聞き取りをしている専門職は、相続人に対し遺言者の本意を伝えることで、遺言の円滑な執行に貢献できます。
2)遺言執行者を定める
遺言事項には、書きさえすれば当然に内容が実現するものと、遺言執行をすることで内容の実現が達成できるものがあります。たとえば、不動産の遺贈の受遺者に名義変更をしたり、預金の名義変更・払戻しをしたりすることなどは後者に該当します。
これらの場合において、遺言執行者を定めないと、手続きには相続人全員の関与が必要で、協力的でない相続人や、居所の知れない相続人がいると、遺言内容の実現がはかれません。
ア)遺言執行者を定めるメリット
① 遺言執行者は、相続手続きを単独で行う権限があるので、大幅に手間が省略され、迅速に手続きを終えることができます。
② 他の相続人が勝手に財産を処分したり、手続を妨害したりするような行為を、遺言執行者が防ぐことができます。
→民法第1013条にて、遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げる行為をすることができない、とされていますので、遺言執行者の有無により、相続人の勝手な財産処分の効果に大きな差が出てきます。
3)予備的遺言のすすめ
予備的遺言とは、遺言を2つ以上書くことではありません。遺言の中身において、予め、もしもの場合の対処方法を定めておくことです。
たとえば、Aさんに不動産を遺贈するという遺言を書いたとして、Aさんが遺言者より先に亡くなった場合はどうなるでしょうか?
遺贈は、受遺者が先に亡くなった場合は無効になるため、遺贈の対象となった不動産は、法定相続の対象となります。そうなると、本来の目的を果たせなくなることもあります。そこで・・・
Aが先に亡くなった場合には、Bに遺贈する、というように、死亡順序に変更があった場合に備えた内容に予めしておきます。
これを、予備的遺言、と言います。
Aさんが先に亡くなった場合には、その時点で遺言を書き直せばよいとお考えの方に申し上げたいのことは、その時点で、ご自身に意思能力がある保証があるでしょうか?ということです。
ご高齢が原因の他にも、事故や病気により、ご自身の意思能力が不十分であれば、遺言の書き直しはできません。これも、遺言内容の確実な実現を可能にする知恵です。
4)想いを込めた付言事項
「法的拘束力」がないにもかかわらず、相続人の心に響き、事実上の拘束力を持たせうるものがあります。それが、「想いを込めた付言事項」 です。
※付言事項とは;
遺言書の終わりの方において、具体的な財産の帰属内容などとは全く関係なく、遺言者の想いを綴る部分です。
ア)付言事項を残す背景
相続人それぞれに平等な遺産分配ができることは稀です。
遺産の分散を回避するために、特定の相続人に事業を守ってもらうために、特別苦労をかけた相続人に報いるために、様々な理由で、遺産の分配に偏りが生じることが多いです。時には、ある相続人の遺留分を侵害してしまうこともあります。
その時に、相続人それぞれに感謝の想いを綴り、取得する遺産が少なくなってしまった相続人に対し率直に詫び、ご自身の亡きあとに無用な争いを起こさないように願う気持ちが赤裸々に述べられていたらどうでしょう。
法的拘束力はありませんが、相続人それぞれの心に響き、遺留分減殺請求を踏みとどまることもあります。