12-9.後見申立ての動機と後見人の執務姿勢との齟齬

12.成年後見制度とその周辺契約

後見申立ての動機と、後見人の執務姿勢がかみ合わなく、後見人が選任されてから、こんなはずではなかった、とお感じになる方が多くいます。ここでは、事例をもとに、一般の方のよくある誤解を掘り起こし、さらに、後見実務について掘り下げていきます。

後見申立て前に、専門職である司法書士などにご相談になることのメリットを、十分にお感じいただけると思います。

 

1.申立てシーン1

1)経緯

Aさんは東京都昭島市に暮らしています。父はすでに他界し、東京都青梅市の実家には、母が一人で暮らしていました。しかし、母の認知症がかなり進み、一人暮らしも危ないので、そろそろ施設に入所してもらおうかと思っていました。

母が施設へ行くと自宅に住む人もいないので、自宅はいつでも処分できるように、Aさんの名義としておきたいと思っています。自宅はまだ、亡き父の名義となっています。相続人は母とAさんだけなので、二人で遺産分割協議をして、父名義の土地建物をAさん名義にするのは簡単と考えていました。

ところが、聞くところによると、遺産分割協議をするには、母の認知症が極端に進んでいると、母に成年後見制度の利用が必要になることがわかりました。そこで、母について成年後見申立てをして、後見人候補者としてAさん自身を挙げ、無事、選任審判が下りました。

2)誤解

Aさんが後見人に就任した後、母と遺産分割協議をしようと、家庭裁判所に相談すると、思わぬ指摘を受けました。

① Aさんと母は、この遺産分割協議において利益相反にあたるので、母のために特別代理人を選任する必要がある。

② 遺産分割協議においては、母には法定相続分の確保が必要であり、母の取得分をゼロとして、自宅をAさんが相続するとする内容は許容できない。

Aさんは、後見人を選任すれば、自分(長男)名義とする遺産分割協議を成立させられると安易に考えていたところ、大きな誤解をしていることがわかりました。

3)解説

本事例では、Aさんが専門職に相談せずに、独りよがりな計画のもと進めていたので、思わぬ落とし穴が待っていました。後見人の原則的な執務姿勢に対する十分な知識がないと、得てして陥る結果です。

では、本事例では、特別代理人の選任を避けるために、第三者を後見人とした方がよかったのでしょうか?また、遺産分割協議において、Aさんの想定していた、Aさん単独名義とすることが本当に良策だったのでしょうか?

実はそれも一概には言えません。

4)考察

ア)Aさんが後見人候補者でよいか

Aさんと母が、父の遺産分割協議についてたとえ利益相反になるとしても、特別代理人はワンポイントリリーフにすぎませんので、その後母が亡くなるまで続く後見人の任務は、Aさんが執り行うのでよいと考えます。

イ)母に不動産の名義を残す遺産分割協議の積極的な意義

遺産分割協議において、母の取得分をゼロにすることはできないので、Aさんが自宅の名義をすべて取得する場合、それに見合う金銭をAさん固有の財産から用意し、代償金として母に交付する必要があります。また、自宅は母の居住用財産なので、家庭裁判所は、自宅に母の名義を残さない遺産分割協議は、家庭裁判所は認めない可能性があります。これら理由から、自宅に母の名義を残す遺産分割協議をする、これは消極的な選択とある意味言えます。

しかし、同じ協議内容でも、積極的な選択として考える余地もあります。自宅を売却したときの、譲渡益の税金の側面からです。自宅を売却して利益が出た場合、そこには譲渡所得税がかかります。最大、売却代金の20%(短期譲渡所得だと40%)が税金で持っていかれます。母の名義のままで売却する場合、居住用財産の売却に関する特別控除の制度の適用があれば、3,000万円の利益までは、無税となります。母の名義のままで売却したほうが、税制面では優遇されるのです。

ウ)居住用不動産の売却許可決定の実際

最後に、母名義のままだと、本当に売却しにくいのでしょうか。売却するには、居住用不動産の売却許可を家庭裁判所から得る必要があります。その際、母の資産が、預金が潤沢にあるなどすると、売却してお金に換える理由が見当たらないとし、基本的に認められないでしょう。一方で、預金が僅少で、不動産を売却しないと、施設入所費用を捻出できない場合には、許可が得られる可能性が高まります。

このように、法定後見申立て段階から、後見人の執務姿勢、家庭裁判所の考え方、その後に実現したいことを総合的に考えていく必要があります。司法書士などの専門職のサポートが必要であることが、おわかりいただけると思います。

 

2.申立てシーン②

1)経緯

Bさんは、東京都練馬区で、賃貸物件に住んでいます。父はすでに他界し、父母が暮らしていた東京都立川市の土地建物は、父から母が相続し、母名義となっています。母は2年前より施設に入所しており、土地建物は、現在は空き家です。

母名義の土地建物を空き家にしておいてももったいないので、Bさんは、母名義の土地に建物を新築したいと思いました。金融機関でローンを組み、ハウスメーカーに建築を依頼します。ローンを組むに際しては、土地に担保設定が必要で、それには母の意思確認が必要と言われました。しかし、母は認知症が進んでいて意思表示が難しいです。

そこで、母に成年後見人を付けて、後見人に担保設定の意思表示をしてもらうこととしました。自分はまだ仕事が忙しいので、第三者の専門職に後見人になってもらうことにしました。幸い、母の預金は潤沢にあるので、後見人報酬も問題ないです。

2)誤解

専門職後見人として司法書士が就任した後、Bさんは後見人に、立川市の建物の建替えと、土地への担保設定の話をしました。すると、後見人より、思わぬ指摘を受けました。

① 後見人としては、ある行為をするには、それが本人(母)のためになるかどうかが重要で、今回の場合、息子の借入のために、本人の土地を安易に担保として提供することはできない。

② それが許される環境とすれば、今回の建替えが、息子が母と同居するために行うもので、かつ、母と同居するためのバリアフリーなどの計画がきちんとなければならない。

Bさんは、後見人が就きさえすれば、担保設定ができると安易に考えていたところ、後見人の回答は青天の霹靂でした。

3)解説

本事例では、Bさんが専門職に相談せずに、独りよがりな計画のもと申立て進めていたので、思わぬ落とし穴が待っていました。申立時の候補者も空欄で出し、司法書士会が推薦して家庭裁判所が任命した司法書士に漫然と決まりました。事前に候補者となる司法書士と話ができれば、結果は違っていました。

本事例では、母は、自宅での生活をすることは困難なので、母が同居することを前提とする建物建築の予定は一切ありません。Bさんは、今回の計画は頓挫してしまうことを悟りました。

4)考察

本事例では、母名義の土地を担保にして、Bさんの建物を建築することは困難と思います。同居の見込みがないのに、同居前提の建物を建築するのは無謀ですし、また、そのようにストーリー仕立てをしても、それは母の身上保護の理念から逸脱します。

なお、母に預金資産が乏しく、この土地を換価する必要がある場合に、この土地をBさんがローンを組んで買い受けることは、方法としてはありかと思います。ただし、その場合でも、親子だからと言って不当に安い金額を設定することはできず、第三者が購入するのと同様の相場での購入になります。また、親族間売買にローン付けしてくれる金融機関も少なく、ローンを組むにあたり、多少の困難が予想されます。

 

このように、法定後見申立て段階から、後見人の執務姿勢、家庭裁判所の考え方、その後に実現したいことを総合的に考えていく必要があります。司法書士などの専門職のサポートが必要であることが、おわかりいただけると思います。


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